ねむりねこのゲームと本と映画のお部屋

ねむりねこが大好きなレトロゲームと小説と映画のお話です。
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【プレイ日記】 討鬼伝 極 [全章 - ミタマ集め その3]

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【メーカー】コーエーテクモゲームズ
【プラットフォーム】プレイステーション4
【メインキャラ】ねむりねこ
【シナリオ】ミタマ集め


前回のミタマは十三章終了までで集めたミタマでした。もちろん一度でとれたミタマ
ですね、ここから抜けを取りに行きますが問題は朧系ですね、確実にとるには
DL任務の『朧大戦』が楽です。
しかしマルチプレイは一切していないので進行度13まで盆休み中に進めました。
赤任務のみのプレイです。
ミタマコンプリートにはマルチプレイも重要でストーリー進行ではとれないミタマ
があるようです。
特に松永久秀は進行度17まで進めないととれないようです
討鬼伝2は購入済みですがミタマ集めないと気が済まなくなったのでお預けです。



◇◆◇ 田中久重 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
江戸時代末期から明治時代初期の発明家。筑後国久留米出身。「東洋のエジソ
ン」と呼ばれた。「からくり儀右衛門」の異名が有名。芝浦製作所(のちの東芝)の
創業者。はじめ「弓曳童子」や「文字書き人形」などのからくり人形を製作し、その
興行をしていたが、のち実用品に携わり、いつまでも消えない灯火「無尽灯」、時
間だけでなく天球の動きや旧暦の暦も表示する「万年自鳴鐘」などを発明。日本
の近代重工業の礎を構築した。



◇◆◇ 狩野永徳 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
安土桃山時代の芸術家。絵師。狩野派の4代目。細かい筆致で精密な細画もよ
くしたが、諸侯が必ず邸宅に永徳の絵を求めたほどの人気だったため、数をこな
すためか豪放な筆致で迫力のある大画が多く残された。織田信長や豊臣秀吉に
仕え、安土城、聚楽第、大坂城などの金碧障壁画を手がけたが、その多くは建
造物と一緒に焼失し、現存する作品は少ない。ライバル・長谷川等伯を没落さ
せ、狩野派繁栄のため描き続け、過労死した。



◇◆◇ 鼠小僧 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
江戸時代後期の犯罪者。大名屋敷のみを狙う窃盗犯で、賭博の金欲しさに犯行
を繰り返し被害総額は三千両に及んだという。武士の面子を潰したため、市中引
き回しの上獄門という重い刑を下された。処刑時には化粧をし、紅までさしていた
という。そうした反骨精神が愛されたのか、逮捕される前から、悪徳大名や悪徳
商人から金を盗んで貧しい者に分け与えるという義賊伝説が生まれ、人気を博し
ていた。のち歌舞伎などの題材となった。



◇◆◇ 源博雅 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
平安時代中期の政治家。醍醐天皇の第一皇子の長男だったが、父の早世により
臣籍に降下する。雅楽の名手。『長慶子』を作曲、年下の叔父である村上天皇の
勅で『新撰楽譜』を選んだ。琵琶の秘曲を学ぶため、蝉丸のもとを3年にわたり密
かに訪れたり、朱雀門の鬼と笛『葉二』を交換したり、羅城門の鬼から朝廷の宝琵
琶を取り戻したりするなど、今昔物語に多く説話を残す。よく出仕を怠けて「天下
懈怠」と言われたほどだったという。



◇◆◇ 藤原定家 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
鎌倉時代初期の芸術家。歌人。『新古今和歌集』、『小倉百人一首』の選定者。藤
原道長の子孫。源平の合戦が始まった年から56年にわたり記された日記『明月
記』には超新星爆発についての記述があり、貴重な天文史料となっている。幽玄
唯美な歌風で、その作品は同じく歌人である父・俊成を感涙させた一方、その難
解さは「達磨歌」との批判も受けた。書にも達していたが、自分の字が好きでなか
ったのか「鬼のごとし」と評している。



◇◆◇ 源義経 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
平安時代末期の武将。幼名は牛若丸。源氏棟梁の兄・源頼朝の代官として、西
国平定、朝廷との折衝を担当した。戦略センスに優れており、近畿の武士を取り
込んで木曽義仲を孤立させて粟津の戦いで破り、四国、西国の武士を取り込ん
で平家を孤立させ、壇ノ浦の戦いで滅ぼしている。しかし、朝廷との関係を嫌う東
国武士団から疎まれ、頼朝と対立。逃亡して奥州藤原氏を頼ったが、頼朝の威
を恐れた藤原泰衡に討たれた。



◇◆◇ 源為朝 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
平安時代末期の武将。源頼朝らの叔父に当たる。最強の射手。弓を引くのに特
化した腕は左腕が右腕より12cm長かった。その破壊力は一矢で軍艦を沈め、
その射程距離は伊豆七島から射て鎌倉まで届くほどだった。無類の暴れ者で九
州を暴れ取り、鎮西八郎と名乗る。保元の乱で活躍するが敗北。伊豆に流され
ると、伊豆七島を暴れ取り、追討を受けて切腹した。生き延びて琉球に渡り、琉
球を統一した王・舜天となったという伝説もある。



◇◆◇ 風魔小太郎 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
戦国時代、北条早雲のころから小田原北条家に仕え、足柄を根拠地として活躍し
た忍者・風魔一族の頭領が、代々この名を名乗った。敵陣に忍び込んで大暴れし
敵を攪乱する戦術を得意とする。最後の小太郎である5代目は、身長が2m
16cmもある筋骨隆々とした大男で、福禄寿のような長い頭をし、4本の牙を生や
していたという。北条家が滅亡すると風魔一族も没落し、江戸の町を荒らす盗賊と
なったが、やがて逮捕され処刑された。



◇◆◇ 曾我祐成 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
鎌倉時代初期の武将。曾我十郎の名で仇討ち物語『曾我物語』の主人公として
知られる。曾我時致こと曾我五郎の兄。所領争いで実父を殺され、曾我氏の養
子となる。源頼朝が富士の裾野で巻狩を行った際、弟と共に仇を討ち、その後
頼朝の宿所を目指すも、その途中で討たれた。この時、頼朝が一時行方不明と
なり、頼朝の弟・源範頼が「私が控えております」と言ったことから野心を疑われ
粛清されることとなった。



◇◆◇ 巴御前 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
平安時代末期の女性。木曽義仲の妾。中原兼遠の娘、樋口兼光、今井兼平の
妹であるという。武勇に秀でており「強弓精兵、一人当千の兵者」と評される。
義仲に従って各地を転戦した。宇治川、瀬田などの戦いでは窮地に陥り、味方
がことごとく討ち取られるが、近江粟津へ脱した。討死を覚悟した義仲に説得さ
れて一人落ち延び、尼になったという。別れる際に「最後のいくさしてみせ奉ら
ん」と言い、敵将を討ち取ったエピソードが有名。



◇◆◇ 千利休 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
安土桃山時代の政治家。堺の商人。茶人。侘茶の大成者で「茶聖」と称される。
従来使用されていた「唐物」と呼ばれる高価な中国産の茶器ではなく、国産の
茶道具をプロデュースして使用。茶室も躙り口という狭い入り口から入る2、3
畳の狭い数寄屋に、採光を制限した小窓で陰影を演出し、囲いと呼ばれる空
間を作り出した。豊臣秀吉政権下で権力を握るが、のち秀吉と対立し切腹。
堂々とした人物で彼の威には歴戦の将も臆したという。



◇◆◇ 北条早雲 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
戦国時代の武将。伝説では、牢人仲間6人と大名になろうと誓いをかわして東国
を目指すが、途中、山賊に襲われて身ぐるみ剥がされてしまう。そこを今川家の
奥方に救われて今川家に仕官。その後、今川家の御家騒動を収め、今川家の後
援で関東を知略で切り取り、ついに大名になったとされる。実像は幕府の要職を
世襲した伊勢家の一門で、将軍・義材と義澄の争いの際、義澄派として関東を押
さえるべく中央から出向した若き官僚だった。



◇◆◇ 西行 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
平安時代末期から鎌倉時代初期の芸術家。仏僧。歌人。武士だったが、友の死
あるいは失恋がきっかけで出家。隠棲と漂泊の旅の中寂寞に叙情を読み込んだ
秀歌を多く残した。歌集『山家集』は六家集に数えられる。桜を愛し、代表歌「願
はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」の通り、花の盛りに死ん
だ。高野山で修行中、人恋しさに人骨を集め、反魂の法で人間を作ろうと試みた
が、完成したのは怪物だったという。



◇◆◇ 岡田以蔵 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
江戸時代末期の武士。土佐藩の郷士。武市瑞山に師事し、土佐勤王党に加盟。
敵視した人物を次々と暗殺したため「天誅の名人」と称され、後世「人斬り以蔵」
と呼ばれた。のち逮捕、拷問を受けて罪状をすべて自白。土佐勤王党は崩壊
武市も切腹し、自身は斬首獄門となった。目明かし・猿の文吉を殺害し、さらしも
のにした際、かたわらに掲げた高札に「いぬ」と記したことから、権力の手先を
「~の犬」と呼ぶようになったという。



◇◆◇ 中臣鎌足 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
大和時代末期の政治家。大和国にあった藤原という地で生まれた。出生時に白
い狐が現れ鎌を足下に置いたことから、鎌子と名付けられたという。秀才として
名高かった。当時権勢を誇っていた蘇我入鹿を打倒すべく、中大兄皇子に接近
し、645年、乙巳の変で蘇我入鹿を暗殺。蘇我氏政権を滅ぼした。中大兄皇子
が天智天皇として即位するとその側近として勢力を伸ばし、死の前日、藤原の
姓を賜り、のちの藤原氏繁栄の礎を築いた。



◇◆◇ 徳川慶喜 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
江戸幕府最後の征夷大将軍。水戸藩の徳川斉昭の子として生まれ一橋家に養
子に入る。大老・井伊直弼が結んだ日米修好通商条約に抗議し、安政の大獄で
謹慎処分を受ける。しかし英邁をもって幕政改革を断行、老中たちに推される形
で15代将軍に就任した。大政奉還を行うも天皇を擁する薩摩藩らと対立、戊辰
戦争が始まる。鳥羽伏見の戦いでは戦場放棄して退却。江戸城を無血開城し早
期に戦乱を収拾した。豚肉と弓と写真を愛した。



◇◆◇ 除服 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
中国の秦朝の頃の人。司馬遷の『史記』によれば、秦の始皇帝に「東方の三神山
に長生不老の霊薬がある」と持ちかけ、資金援助を受けて東方へ船出し、平原広
沢(広い平野と湿地、一説に日本とされる)を得て王となったとある。また、北宋の
詩人・欧陽脩は、詩の中で徐福を日本人の祖として説明している。日本各地にも
徐福が伝来したという伝説があるほか、朝鮮にも孝霊天皇のとき、紀州に徐福が
流れ着いたという話が残っている。



◇◆◇ 東洲斎写楽 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
江戸時代中期の浮世絵師。10カ月という短期間に大量の作品を残し、忽然と
浮世絵界から姿を消した謎の絵師。強烈で印象的な画風が特徴。大首絵と呼
ばれる役者絵で、大胆にデフォルメしつつも瞬間的な表情を捕らえ、一切の美
化を捨て、役者の特徴をシワや受け口のような欠点まで描ききった。写実的に
すぎて当時は売れなかったが、大正時代にドイツの美術研究家が「世界三大
肖像画家」と称賛し、一躍注目を集めるようになった。



◇◆◇ 足利義政 ◇◆◇
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[種類]


[解説]
室町幕府8代征夷大将軍。はじめ、勘合貿易復活、大名家の紛争への積極介入
など、将軍の復権を目指して精力的に動いたが、側近や有力守護大名の介入な
どで軋轢が生じ、応仁の乱が発生。世は戦国時代へと突入した。政情が混乱す
るにつれ、庭園造営などの趣味に没頭、「東山文化」と呼ばれる様式を築く。飢饉
を無視して「花の御所」を大改築。花の御所が戦で焼失すると、東山に銀閣を建て
ようとするが、完成を見ぬまま死去した。





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